2006年11月19日(第1754号) 日本共産党西播地区委員会が姫路市会議員選挙予定候補を発表 来春の姫路市議選 太田清幸氏を擁立 社会保障・医療改悪許さず、若者雇用・子育て支援を 憲法9条・平和まもり、庶民の暮らし応援の市政推進を
はじめに小林地区委員長が来春の姫路市議選挙に松浦みつぐ市議団長に変わって後継者に、今まで衆院小選挙区兵庫 12 区候補として奮闘してきた太田清幸氏を擁立すると紹介しました。松浦みつぐ議員は6期 24 年にわたる、ご支援に御礼を述べたあと次期立候補には 71 歳を超えるため勇退し、同じ校区内の太田清幸氏を推薦しました。そして松浦議員は太田氏が県立姫路工業大学(現兵庫県立大学)在学中から青年運動に参加し民主青年同盟西播地区委員長など歴任し現在、党西播地区副委員長として信頼できる同じ地元の候補者だと紹介しました。 太田清幸氏は「 39 歳から衆院小選挙区兵庫 12 区の候補者として4回奮闘してきました。松浦議員の勇退を受け後継者として奮闘する決意です」と述べました。また、介護保険料アップや庶民大増税、医療の改悪から市民の暮らし・福祉を守ること、「ワーキング・プア」など若者の雇用を守ることや地元城東小学校では就学援助が三割を超え、子育ても大変な状況を指摘し国の悪政から市政と市民を守る決意を表明しました。 太田清幸氏の略歴 1955年(昭和 30 年)6月 10 日生まれ( 51 歳) 住 所 姫路市城東町五軒屋1番地5 学 歴 和歌山県立星林高校普通科卒 県立姫路工業大学(現兵庫県立大学) 工学部電子工学科卒 役 職 党姫路市政対策委員長 党兵庫県委員・西播地区副委員長 活動暦 民青同盟兵庫県常任委員 西播地区委員長など歴任 1978年入党以来、党地区委員・県委員、地区副委員長を歴任 1996 年より衆院選挙の小選挙区兵庫12 区候補者として4回立候補 趣 味 音楽鑑賞 家 族 妻、2男、義父母
姫路西部九条の会講演会に 70 人参加 元不発弾処理将校の鈴木頼恭氏が講演 姫路城天守閣の不発弾処理は美談だけにしてはならない 戦争体験は被害や苦労話に終わらせずアジア侵略の加害者の認識を
第一に空襲の米軍文化財爆撃除外説は俗説であること、それは米軍飛行士の証言や、城内三の丸広場にあった旧制鷺城中学校の焼失、多数の城内の被弾、大量無差別殺戮である焼夷弾の夜間爆撃であることからも確信すると強調しました。姫路城が焼け残ったのは、たまたま中心街の北部に城が位置したので被弾数が少なかったからではないかと推測すると報告しました。 第二に天守閣に落ちた焼夷弾は 100 ポンド焼夷弾(約 45 kg)で長壁神社左前にあったこと。たぶん天守閣の西から2つ目の窓のヒサシの亙が4枚無くなっており不発弾の後部の羽が亙を飛ばし滑り込んだのではないか、発火・爆発しなかったのは全くの偶然ではないかと指摘し、危険ではあったがもう一人の兵とともに階段をリレーし下まで運んだことを生々しく報告しました。最後に訴えたいことは不発弾処理は、あくまで軍務として行ったことであり「焼失寸前の天守閣を救う」など戦争体験が美談になっては困ること。そして戦争体験を語るとき悲惨な被害や苦労話になりがちであるが中国や東南アジアの人々から見ると侵略者・加害者であることが重要で9条、特に2項の改悪が争点になっているとき日本を「戦争をできる国」にしてはならないと強調しました。また若い人の中で、けっこう憲法9条の平和への認識が薄く、軍事力抑止論が幅をきかせていることや教育基本法の改悪に対する危険性の認識もまだ薄いことに対し今こそ9条を守り平和の尊さを語ることこそ戦争体験者の大きな任務であると訴えました。 杉本ちさと県議は「世界遺産・国宝姫路城を平和のシンボルに」と発言しました。
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